Mountain Kuma’s Blog

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山登り好きな循環器内科医のブログです。

CPX(心肺運動負荷試験)とは?

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 CPX(心肺運動負荷試験)とは?

①運動負荷をかけないと隠れ心臓病は明らかにならない。
②呼気ガス分析を行う事でMETsが測れる。
  →運動耐容能(体力レベル)が客観的に評価できる
 
以上の2つの理由から当院の登山者検診では心肺運動負荷試験を行っています。
 
ちなみに心肺運動負荷試験のことをCPXと呼びます。
英語でいうとCardioPulmonary Exercise Testなので正確にはCPETですが、一般的にはCPXで通っています。
 

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CPXとは上図のように血圧、酸素飽和度、心電図、呼気ガス分析を行いながら運動負荷を行います。
運動負荷の方法にはトレッドミル(坂道歩行)とエルゴメーター(エアロバイク)がありますが、現在当院ではエルゴメーターで行っています。
それぞれ一長一短があるのですが、今日は割愛します。
 

なぜ登山者に対してCPXが必要なのか?


登山者に対してCPXを行う意味は2つあると考えています。
 1. 「心臓病の検出」
 2. 「運動耐容能の評価」
 


1. 「心臓病の検出」
心電図を記録しながら運動負荷を行うことで、狭心症不整脈が誘発できます。
実際にCPX中に心室頻拍(致死的不整脈)が誘発されて、後日カテーテル治療を行った方もいらっしゃいます。 
 
医療関係者でないと意外と知らないと思いますが、
安静時の心電図では狭心症は診断できません
運動負荷をかけて初めて狭心症の所見がでてきます(下図の赤丸)。

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2. 「運動耐容能の評価」
下図は「ワッサーマンの歯車」と言われています。
このワッサーマンの歯車でいう入口(吸気≒酸素摂取量)と出口(呼気≒二酸化炭素排泄量)を呼気ガス分析で調べることで、歯車全体、すなわち肺、心臓、循環、筋肉といった全身の運動耐容能をチェック出来るのが特徴です。

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CPXで計測できる指標

Peak VO2とは?

CPXで測定できる運動耐容能は、Peak VO2(ピークブイオーツー)と呼ばれ、日本語では最高酸素摂取量といいます。
 
Peak VO2は文字通り「酸素摂取量の最高値」。
すなわち、当人にとって最大負荷を行っているときの酸素摂取量です。
以前に「酸素摂取量=エネルギー消費量」であることをお話ししました
したがって、

 Peak VO2 = 最大負荷時のエネルギー消費量 = 運動耐容能
となります。

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要するにPeak VO2は被験者が実施可能な最大負荷量(運動限界≒運動耐容能)を表しているので、例えば、CPXの結果、Peak VO2=10METsと評価された人は、10METs程度の運動は可能ということになります。

METs(メッツ)って何だっけ?という人はコチラ
 
 
Peak VO2は比較的短時間の運動耐容能を示しているので、中距離走などはこの数値が如実に成績に反映されます。
 
以前に病院職員を集めて「光城山全力登高テスト」という検証を行いました。
事前にCPXを行い、Peak VO2の数値から光城山の全力での登頂タイムを予測する実験です。
全力登高なので、通常の登山よりも中距離走に近いイメージです。
 
光城山というのは安曇野市にある標高912mの低山で、登山口〜山頂までの標高差は307mで登りのコースタイムは40分です。
春には登山口〜山頂まで桜並木が続いており、山頂からは桜ごしの残雪の北アルプスがみられるおすすめの低山です。
 
実験結果は下図の通りですが、かなり精度の良い結果が得られました。
これは比較的短い距離を全力(運動限界のペース)で登ってもらっているため、Peak VO2が反映された結果だと思います。
実際の登山ではもっとゆっくり長時間かけて登るので、正確なタイム予測は難しいです。

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ということでPeak VO2がその人の運動耐容能(運動限界)を反映するということがわかってもらえたでしょうか?

 

ATとは?

安全登山を行うためには「AT」という概念が有用です
 
ATとはAnaerobic Thresholdの略で、日本語でいうと「嫌気性代謝閾値」です。「無酸素性代謝閾値」とも言いますがコッチのほうがイメージしやすいかもしれません。
 
以前の「METsってご存じですか?」で書いたようにヒトは酸素によるエネルギー産生(有酸素性エネルギー代謝)を前提にできています。
したがって登山のようにゆっくりとした運動では基本的には有酸素運動が主体になります。

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上図を見て下さい。
横軸が時間で、縦軸が負荷量です。
 
時間とともに負荷量が増えていく運動、
例えば「エアロバイクを漕いでいて徐々にペダルが重くなるような運動」を思い浮かべて下さい。
あるいは「一定の傾斜の上り坂を最初はゆっくりで徐々にペースを上げて登っていく」でもかまいません。
 
①最初は、有酸素性エネルギー代謝すなわち酸素を使ったエネルギー産生のみで運動が可能です(=有酸素運動)。
②徐々に負荷量が増えていくので、それに伴い酸素摂取量も増やしてエネルギー産生をしていきます。
③ある地点で有酸素性エネルギー代謝の限界に達して、それ以上の負荷量をまかなうためには無酸素性エネルギー代謝(≒無酸素運動)が必要になります
 
この③のポイントを「AT=嫌気性代謝閾値=無酸素性閾値と呼びます。
 
すわなち、
「ATとは、有酸素運動能力の指標」となります。

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ATを越える負荷量になると、乳酸産生が亢進し、交感神経支配が有意になります。
その結果として、
 
疲労しやすい → 判断ミスによる道迷いや滑落など遭難につながる
心拍数・血圧が上昇しやすい → 不整脈心筋梗塞心不全の発症リスクが上がる
 
など、登山を行う上でリスクを抱えることになります。
 
したがって、ある程度の年齢になると「AT以下の負荷量で登山をすることが重要」になります。
 
20代、30代の方は無理をして登山をしても突然死リスクや遭難するリスクはさほど高くありませんが、60代以上の方はATまでの負荷量で登山することをおすすめします。
「若い頃は激しい登山をしていた方」も年齢相応の登り方、楽しみ方に徐々に変えていただけるといいと思います。